7歳5歳3歳の七五三お参りに関する疑問や体験談

『千歳飴』名前の由来と意味は?

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千歳飴 名前/由来/意味

秋も深まってくると、晴着を着たかわいらしい子供たちの姿を
よく見かけるようになりますね。

最近は、七五三のお宮参りを、11月15日にこだわらず
お日柄の良い日や家族が皆でお参りできる日に行う家庭が
多いようです。

ただでさえ着慣れない窮屈な着物を着ているのに、
大混雑した神社で長い間順番を待たせてしまうと
幼い子どもは疲れてしまいますよね。

11月15日にどっと集中して押しかけるより、
都合の良い日に分散して行う方が合理的かな、と思います。

なぜ『七五三には千歳飴』なの?

写真スタジオで記念撮影をする場合は、
11月になると予約がいっぱいで借りられる衣装もなくなってしまうため、
暑い盛りの7月、8月頃に『前撮り』することも多いんです。
一緒に撮る家族は服装に困ってしまいますね。

かく言う私の子ども達も、
昨秋2人そろって七五三の儀式を無事終えることができました。

長男5歳、長女3歳。
長い千歳飴の袋を引きずるように、
履き慣れない草履でひょこひょこ歩いている子ども達は
わが子ながら本当に愛らしかったです。

千歳飴についてお話していきたいと思います。

ところで、その千歳飴、
なぜあんなに長い形をしているのかご存知ですか?
そもそも、なぜ『七五三には千歳飴』なの?
千歳飴の名前の由来って何?

あらためて考えてみると、知らないことだらけの千歳飴。
今日は、その千歳飴についてお話していきたいと思います。

 


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親の願いが込められた『千歳飴』

千歳飴の細長い形は、直径14.5mm以内、長さ1m以内と
明確に決められているんです。

なぜ『細長い』のか、
そこには子を思う親の気持ちが込められています。

形だけではなく、千歳飴という名前にも、
千歳飴の入れられている袋にも、親の願いが込められているのです。

千歳飴の歴史と合わせてお話ししていきますね。

 

 

子どもの長寿を願って

七五三の原型となる儀式自体は平安時代からあったとされていますが、
千歳飴の歴史はそれほど古いものではなく、
江戸時代に作られ、広まったものです。

当時、子どもは流行り病などで早世することも多く、
わが子の健康や長寿を願う気持ちは現在以上に切実でした。

そんな願いから生まれたのが細長い千歳飴。
「粘り強く長く生きてほしい」という親の願いが込められています。

細長い飴を縁起のよい紅白に染め、
長い袋に『千年飴(せんねんあめ)』と書いて売り出したところ
子を思う親の心をつかみ、瞬く間に人気が出ました。

子どもの長寿を願って

その後、袋には鶴亀、松竹梅などのおめでたい図柄も描かれ、
健康と長寿を願う縁起物として定着していきました。

長寿の象徴である『鶴亀』。
冬も青い葉をつける松や竹、寒い冬に花を開く梅を描いた『松竹梅』には
力強さや健康を願う気持ちが込められています。

『寿』という文字も縁起がよくおめでたい意味があります。

 

 

 

千歳飴の由来

では、誰が千歳飴を作ったのでしょう。
これには、2つ説があります。

まず1つ目は、江戸時代、元禄のころ浅草の七兵衛という飴売りが
浅草寺の境内で『千年飴』として売り出したという説。

これは江戸時代後期の戯作者・柳亭種彦が
『還魂紙料(かんこう(ごん、こん)しりょう)』という
考証随筆の中でも述べており、
「七兵衛という飴売りが千年飴、寿命糖ともいう飴を浅草で売り出したのが
千歳飴(せんざいあめ)の起こり」としています。

長い千歳飴を食べれば千年の長寿になる

もう1つの説は、大阪の『平野屋』という飴屋が
元禄のころに江戸に出て来て、
浅草寺境内で『千歳飴(せんざいあめ)』を売り出したという説。

「長い千歳飴を食べれば千年の長寿になる」と謳い、
人気を博したと言われています。

いずれにしても、親の気持ちをがっちりと掴み商売上手ですね^^;

 

 

 

千歳飴は、皆で食べるもの!

こうして売り出された『千年飴』『千歳飴』は
七五三のお参りの定番土産として、江戸庶民に広まっていきました。

当時、砂糖は大変貴重なもので、
現在のように甘いものが安易には手に入りませんでした。
ですから、甘い飴は子どもだけではなく
大人にも喜ばれるお土産だったわけです。

また、お土産としてだけではなく、
七五三のお祝いのお返しとしても使われました。

さらに、地方によっては『お福分け』として、
歳の数だけ千歳飴を袋に入れ親戚やご近所に配る風習もあります。

歳の数だけ千歳飴を袋に入れ親戚やご近所に配る風習もあります。

つまり、千歳飴は七五三を迎えた子どもが食べるだけではなく、
子どもの成長を祝い、健康と長寿を祈願して皆で食べるものである訳です。

ちなみに、江戸時代はまだ
七五三という言葉はありませんでした。

7歳は『帯解の儀』(女子が大人と同じ着物を着始める儀式)、
5歳は『袴着の儀』(男子が初めて袴を着る儀式)、
3歳は『髪置の儀』(男女が髪を伸ばし始める儀式)、
それぞれ異なる儀式だったのです。

これらがまとめられ七五三という名称が定着したのは
明治時代以降のこととされています。

 

 

 

 

みんな、どうやって食べきっているの?

現在では、わざわざ千歳飴を買うというよりは神社で初穂料をお渡しして
お参りをすませるとお土産としていただくことが多いようです。

また、写真スタジオやレンタル衣装屋さんでも
撮影やレンタルの御礼として多くの場合はお土産に千歳飴をもらいます。

私は紅白2本のものしか見たことがありませんが、
歳の本数が入っている場合もあるそうですから、
我が家のように2人分だったりするとかなりの量をいただくことになります。

その大量の千歳飴、皆さんはどうやって消費しているのでしょう?

その大量の千歳飴、皆さんはどうやって消費しているのでしょう?

そもそも、1本食べきることでさえ結構大変です。
甘いので最初は子ども達も喜んで口にしますが、
味が単調なのですぐに飽きてしまいますし、なめているうちに先が尖ってきて
食べづらくなってしまいます。

我が家の甘党の娘ですら、4分の1も食べずに飽きてしまいましたし、
息子にいたっては先が丸くなった程度で「もういらなーい」。

一度舐めたものをラップなどにくるんで保管して、
を繰り返すのは衛生的にどうなんだろうと思うし、
母親としては虫歯やカロリーも気になりますよね。

縁起物なのに折ったり切ったりするのはどうなの?

という声もありますが、
恵方巻きのように『切らずに食べきる』ことが主旨ではなく、
健康や長寿を祈りながらいただくことが目的なのですから、
食べやすく切って皆で分け合い、
最後までいただく方がいいのではないかと私は思います。

最後までいただく方がいいのではないかと私は思います。

私は食べやすい大きさに割ってお菓子の空き缶に入れ、
少しずつ消費していました。

煮物の甘味料として使ったり、
カレーなど煮込み料理の隠し味として入れてみたり。
砂糖より優しい甘みですし、コクもでるので案外料理に使いやすいですよ。

寒い日に、子ども達のホットミルクに入れてあげたり、
もちろんそのままポンッと口に放り込んだり。
割とすぐに使い切ることができました。

大学芋やプリンなどのお菓子にするレシピも
ネット検索するとたくさん見つかりますから、
興味のある方はぜひ使い道を探してみてくださいね!

 

 

 

まとめ:健康と長寿を祈って美味しくいただきましょう!

神社からいただく千歳飴はもちろんお祓いをしたもの。

伝統を重んじるお菓子屋さんでは
お祓いをすませてから売り出すそうですから、
写真スタジオなどでいただく千歳飴も
お祓いをしたものであることが多いと思います。

そのようにありがたい千歳飴を食べきらず捨ててしまうのは
あまりに畏れ多いですよね。

これまで無事に成長したことに感謝し、
これからの健康と長寿を祈りながら
みなで美味しくいただきたいものですね。

そして、千歳飴に込められた親の願いを
次の世代にも伝えていけたらいいなと思います。

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